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デモクラシーの病: 映画作家 想田和弘によるコラム「観察する日々」より
「日本の民主主義は病んでいる。」統一地方選挙の結果を受けてまたしても明らかになった日本人の政治への無関心。想田監督が日本の民主主義、選挙制度のあり方に警鐘をならす。 以下記事より転載 デモクラシーの病  統一地方選挙の前半が終わった。  「毎日新聞」によると、41道府県議選のうち38道府県が過去最低の投票率。17政令市議選では12市で過去最低の投票率を記録したそうだ。  「日刊ゲンダイ」によれば、無投票当選者は501人に上り、総定数の22%が戦わずに当選した。これも過去最高だそうである。おびただしい数の主権者が、投票の機会すらなかったことになる。ただごとではない。日本のデモクラシーが重い病気にかかり、じわじわと根元から腐りかけているのだと思う。  デモクラシーの病の兆候は、なにも今になって突然現れたわけではない。  僕が遅まきながら「おや?」と思ったのは、2005年に『選挙』というドキュメンタリー映画を撮ったときである。東大時代の同級生である「山さん」こと山内和彦が、突然、自民党公認候補として川崎市議会補欠選挙に立候補することになった。僕はその選挙戦の舞台裏をカメラで追ったわけだが、「日本人はこんな選挙で自分たちの代表を選んでいていいのだろうか?」と不安になったのを覚えている。  このときの山さんの選挙は、一体どんなものだったのか?  詳しくはDVDなどで映画をご覧いただきたいのだが、ひと言で言うならば、日本の伝統芸能のごとき「どぶ板選挙」である。今回の統一地方選挙でも日本全国で繰り広げられたであろう、あのお馴染みのスタイルだ。  スーツにタスキ、手には白い手袋。選挙カーで名前を「3秒に1回」連呼して回り、「よろしくお願いします!」と道行く人にかたっぱしから握手を求めていく。駅前に立って「おはようございます! いってらっしゃいませ!」と通勤客にあいさつする。運動会やお祭りなど地元の行事に顔を出したり、農協で個人演説会を開いたりして、組織票を固めていく。一方、公開討論会などは一度も開かれず、したがって政策論争は皆無。  それでも投票日は確実に来る。そして30%台の低投票率の中、山さんの当選が決まった。一体、川崎の主権者は何をどう判断して一票を投じたのだろうか。僕には正直、よくわからなかった。  気になったのは、道行く主権者たちの無関心……というよりも、候補者たちに対する嫌悪感である。山さんや他の候補者が街頭で演説していても、まず誰も振り返りもしない。というより、嫌なものを避けるがごとく、絶対に目を合わさないように、身体を固めて足早に通り過ぎていく。  たしかに、スーツにタスキ姿は格好悪さの極致だし、候補者たちは“お願い”ばかりで押し売りっぽい。選挙期間中だけ腰が低いのもなんだか浅ましい。精神科医の斎藤環さんが「羞恥プレイ」と評するのも頷ける。  しかし、である。  自分たちの代表が「目も合わせたくないほど嫌悪される存在」で、本当にいいんだろうか? そういう疑問が湧いてくるのを抑えることはできなかった。  当時人気絶頂だった、小泉純一郎首相に対する人々の反応も気になった。このとき小泉氏は、山さんや川口順子候補の応援演説に川崎入りしたのだが、演説会場となった鷺沼駅前は、山さん単独の演説とはうって変わって黒山の人だかり。小泉首相が到着するや、みんな体を乗り出して写真をパチパチ。あたかもロックコンサートのような光景だった。  この恐るべきギャップ。一体全体、みんな何に熱狂しているの……?  思えば、いま誰の目にも明らかなデモクラシーの病は、当時すでに相当進行していたのだと思う。ただ、僕はあの頃はそのことを薄々感じているだけで、明確に「病」と認識することができなかった。  僕がそれを深刻な病気としてはっきりと自覚したのは、2011年4月に『選挙2』を撮影したときである。  このときの山さんはすでに自民党から干され、「主夫」として子育てをしていた。ところが3月11日、あの東日本大震災と福島第一原発事故が起き、山さんは4月1日告示の市議選に無所属で出馬する。「脱原発」を訴えるためである。  当時の川崎では、かつての約2倍の空間放射線量が検出されていた。街ゆく人の多くは、放射性物質を恐れてマスクをしていた。一地方自治体とはいえ、川崎市にとっても放射能汚染や原発は議論を避けては通れない重要な問題だったはずである。したがって、川崎市が今後原発に対してどういう態度を取るべきか、統一地方選挙は「民意」を擦り合わせる絶好の機会になり得たはずだ。なぜなら、選挙とは本来、共同体にある問題を洗い出し、議論して意見を擦り合わせ、決定するための貴重な機会だからである。  ところが、実際に起きたことは真逆の事態であった。  原発の問題はタブー視され、山さん以外の候補者の口から「原発」や「放射能」といった言葉が聞かれることはほとんど皆無だった。候補者討論会も一度も開かれなかった。  代わりに繰り広げられたのは、おなじみの選挙風景である。候補者たちは相も変わらず駅前に立ち、「おはようございます、いってらっしゃいませ」と道行く人にあいさつをする。道行く人たちは、身体を固めてその前を足早に通り過ぎてゆく。そうしていつの間にか投票日がやってきて、5割に満たない低い投票率の中、結果が出てしまう。何かがおかしい。壊れている。  そういう選挙のあり方に、わたしたち主権者は心底うんざりしているのだと思う。  だからこそ投票率は下がる。無投票の地域も増える。政治への関心も薄れる。するとさらに選挙や政治が劣化し、さらにわたしたちはうんざりする。うんざりするから投票率は下がる。無投票の地域も増える。するとさらに…(以下略)。  そういう悪循環が、デモクラシーの病を少しずつ、しかし着々と重篤化させているのであろう。  この恐るべき病に対する処方箋は、一体なんであろうか。  正攻法は、選挙制度をまともなものに変えることである。つまり選挙を「共同体にある問題を洗い出し、議論して意見を擦り合わせ、決定するための貴重な機会」に作り変えるのである。  そのためにはまず手始めに、選挙カーやポスターといった政策論議とは無関係の制度を即刻廃止すべきである。逆に候補者討論会の開催は、公職選挙法で義務化すべきであろう。討論会は、皆に発言の機会をたっぷりと与えるため、選挙期間中、毎日朝から晩まで延々とやるのが良い。公共の電波を使っているテレビ局には、その討論会をノーカットで放映することを義務付けることも必要であろう(これが本当のメディアの公共性である)。  また、やる気と能力があってもお金のない人が選挙に出ることを阻んでいる供託金は、一切廃止。「それでは候補者が乱立してしまう」というのなら、一定の推薦署名者数を集めるなど、資金力とは関係の無い別のハードルを設けるべきである。  いずれにせよ、選挙制度を健全化するためにやれることは、山ほどあるはずなのである。  しかし最大の問題は、公職選挙法を定める当の政治家たちの大半が、選挙制度の改革を望んでいないことである。  なぜなら彼らは、現在の選挙制度の中で勝ち抜いてきたエリートだ。今の選挙の「ゲームの規則」に精通し、そのルールの中で戦うのが得意な人たちである。それなのに規則を積極的に変えたがるだろうか? 否、であろう。  実際、デモクラシーの病が重篤化し、投票率が下がれば下がるほど、そして無投票地域が増えれば増えるほど、既存の政治家たちの地位は安泰になる。かつて森喜朗首相(当時)が「無党派層には寝ていてほしい」と発言したように、主権者の政治離れが進む現状に対してほくそ笑んでいる不届き者も多いのではないだろうか。選挙制度を健全化することは、極めてハードルの高い課題だと言えるだろう。  とはいえ、このままでは日本のデモクラシーは本当に死んでしまう。少なくとも、すでに体の組織の22%は死んでいると言っても過言ではない。  わたしたちの社会は、引き返すことが不可能な「ポイント・オブ・ノーリターン」に着実に近づいていっている。わたしたちは、まずはそのことを冷徹に認識すべきなのではないだろうか。
時代の正体<71>「イスラム国」は問う(6)「日本のメディアは最悪」-邦人人質事件から/米NY・タイムズ マーティン・ファクラーさん
まさに同感。 「日本のメディアの報道ぶりは最悪だと思います。事件を受けての政府の対応を追及もしなければ、批判もしない。安倍首相の子どもにでもなったつもりでしょうか。保守系新聞の読売新聞は以前から期待などしていませんでしたが、リベラルの先頭に立ってきた朝日新聞は何をやっているのでしょう。もはや読む価値が感じられません。」 リンク 以下全文 過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件で2人が殺害されてから1カ月が過ぎた。テロを含めた国際情勢にどう向き合っていくのか-。米有力紙ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんは、日本が重大な局面を迎えているにもかかわらずさほど論議が交わされていないことが不思議でならない。その背景にメディアが機能していないことを指摘する。 ◇  ジャーナリストの後藤健二さんの殺害映像がインターネットに流れた約1週間後の2月8日、ニューヨーク・タイムズは1枚の風刺画を掲載しました。  タイトルは「Could ISIS Push Japan to Depart From Pacifism?」(「イスラム国」は平和主義から日本を離脱させられるか?)。テロの脅威で国民をあおり、憲法改正という政治目的の達成へ進む安倍晋三首相が描かれていました。  正確な数は分かりませんが、風刺画はツイッターだけでも何千とシェアされました。リツイート(拡散)している多くは米国人ではなく日本人です。なぜか。邦人人質事件をめぐる政府の対応や思惑について、関心を持っているからです。  しかし、こうした風刺画や論評が外国の新聞に掲載され、日本の新聞には載らないのはなぜでしょうか。日本のメディアは一体何を報じてきたのでしょうか。 ■「列強」への道  日本はいま、重大な局面を迎えています。平和主義を守り続けるのか、米国や英国のように「列強」としての道を歩むのか。その判断を突きつけられたのが、今回の事件だったのです。  安倍首相が望んでいるのは後者です。かねて「積極的平和主義」を掲げ、米国の有力な同盟国として、国際社会の一員として、役割を果たすことの必要性を強調してきた。  今回の中東諸国訪問は、安倍政権の姿勢を世界に示す大きなチャンスと考えていたのでしょう。湯川遥菜さん、後藤さんの殺害が予告された後も、安倍首相は「テロに屈しない」と強硬姿勢を崩さず、最終的に2人は殺害されました。  私にとって、政府がテロリストとの交渉を拒んだことは、何の驚きもありませんでした。安倍首相は今回の事件を「国民が犠牲になったが、テロリストとは交渉しなかった」と米国や英国にアピールする材料にするつもりだろうと思っていました。  日本はこれまで「八方美人」でした。どこの国とも仲良く、その代わり、どこにも敵をつくらない姿勢を貫いてきた。安倍首相が描く国家像は真逆です。米国との同盟を強化し、国際社会における存在感を強めようとしている。当然、リスクは増え、敵も多くつくることになるでしょう。  今回の事件でイスラム国のテロリストは「日本の首相へ。おまえはイスラム国から8500キロ以上離れているが、イスラム国を掃討する十字軍に進んで参加することを誓った」と言っている。繰り返しますが、安倍首相はこれまでの日本とは全く異なる国家をつくろうとしている。日本はそういう岐路に立っているわけです。  国家として重大局面を迎えているにもかかわらず、なぜ日本のメディアは国民に問題提起しないのでしょうか。紙面で議論を展開しないのでしょう。国民が選択しようにも、メディアが沈黙していては選択肢は見えてきません。  日本のメディアの報道ぶりは最悪だと思います。事件を受けての政府の対応を追及もしなければ、批判もしない。安倍首相の子どもにでもなったつもりでしょうか。保守系新聞の読売新聞は以前から期待などしていませんでしたが、リベラルの先頭に立ってきた朝日新聞は何をやっているのでしょう。もはや読む価値が感じられません。  私がいま手にするのは、日刊ゲンダイ、週刊金曜日、週刊現代といった週刊誌です。いまや週刊誌の方が、大手紙より読み応えがあるのです。  安倍政権になり、世論が右傾化したという人もいますが、私はそうは思いません。世論はさほど変わっていないでしょう。変わったのは、メディアです。 ■批判こそ役割  米国のメディアもかつて失敗を犯しました。米国は2001年、同時多発テロという国家を揺るがす危機に直面しました。約3千人が亡くなり、政府は対テロ戦争に乗り出した。03年には「イラクが大量破壊兵器を隠し持っている」という情報を根拠にイラク戦争を始めた。  米国の主要メディアはブッシュ政権の決断を後押ししました。後にそれが大きな誤りだったと気が付くのですが、国家的危機を前に国民だけでなく、権力の監視を託されているはずのメディアも冷静さを失ってしまったのです。  イラクに大量破壊兵器などありませんでした。誤った戦争だったのです。翼賛体制に協力したメディアは戦争に加担したのです。  この大きな反省から、メディアは権力監視の役割を果たすことの重要性、権力と距離を保つことの必要性を学びました。二度と間違いを犯さぬよう、日々、現場で実践しようと努力しています。  「国家の危機」はメディアを機能不全に陥らせる怖さを潜んでいます。今回の邦人人質事件でも「国家の危機に政府を批判するとは何事か」「テロを容認するのか」という声が一部で上がりました。筋違いな話です。  今回、日本メディアはあまりにも簡単に批判をやめてしまった。しかし、2人死亡という事態で沈黙してしまったら、国内で数千人が犠牲になるようなテロが起きた際、一体どうするのでしょうか。  国家の危機にこそ、メディアは権力が暴走しないよう目を光らせなければならない。冷静さを保ち、建設的な議論を展開しなければならない。  日本のメディアには一刻も早く目を覚まし、本来のメディアとしての役割を果たしてほしいと思います。さもなければ、メディアとして語る資格はもはやないでしょう。 【神奈川新聞】
時代の正体 <69>「イスラム国」は問う 私たちは何をすべきか(5)議論も起こらず懸念 英経済紙「エコノミスト」特派員 ディビッド・マックニールさん
http://www.kanaloco.jp/article/84681/cms_id/128242 神奈川新聞より良記事。すごく当たり前のことを的確に指摘しています。外国人の目から見た方がよりストレートに今の日本の異常さが見えるのかもしれない。 以下本文より 政治家が持ち出す自己責任論、そして責任が問われない政治家-。英経済紙「エコノミスト」特派員、ディビッド・マックニールさんは、そうして肝心なことが論じられないこの国の先行きが心配でならない。過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件は、海外から向けられる奇異のまなざしをあらためて浮かび上がらせてもいる。  後藤健二さんが殺害された時、米ホワイトハウスは声明を発表し、オバマ大統領は「後藤健二さんは報道を通じ、勇気を持ってシリアの人々の窮状を世界に伝えようとした。われわれの心は後藤さんの家族や彼を愛する人々とともにある」と、ジャーナリストである彼をたたえました。  一方、安倍晋三首相は「テロに屈しない」「テロリストたちを決して許さない」とは言いましたが、後藤さんへの評価は一切口にしなかった。  このことは私たち外国特派員に「安倍首相は後藤さん自身のことは大して気に掛けていなかった」という印象を強く与えました。興味があったのは、殺害されたのが後藤さんだったということでも、危険を冒してでも中東で何が起きているのかを世界に伝えようとしたジャーナリストだったということでもない。「日本人だった」ということだったのです。  安倍政権が憲法9条を改正し、戦後70年にわたって築き上げた平和国家を変えようとしているというのは、誰もが知るところです。殺害された後藤さんの映像が公開された翌日、安倍首相は自衛隊による在外邦人の救出に向けた法整備の必要性を主張しました。安倍政権は人質事件を根拠にして一連の政策を推し進めようとしているのだ、と私は思いました。  事件後、日本では「自己責任」だとして、後藤さんと湯川遥菜さんを批判する声が上がりました。海外メディアにとっては理解し難い反応ですが、仮にそれが日本特有の考え方とするなら、なぜ、政治家の責任は追及されないのでしょう。  安倍首相は「国民の命、安全を守るのは政府の責任。その最高責任者は私」と発言しています。政治家として事件をめぐっての対応は適切だったといえるのでしょうか。  日本政府は、後藤さんが中東で拘束されている事実を知っていた。にもかかわらず、中東地域を歴訪して「イスラム国と戦う周辺各国を支援する」と演説し、総額2億ドルの人道支援を発表しました。イスラム国が2人の殺害を予告したのは、その直後です。  日本人が人質に取られている状況下で、支援を公に表明することが適切だったとは私には思えません。  自己責任論は政治家にとっては非常に有利に働きます。政治家自身は追及されることはなく、責任逃れができる。何をしようとも無罪放免というわけです。  安倍政権の責任も含めて、今回の事件で何が起き、政府はどう対応したのかを分析すべきだと私は思います。 ■批判勢力なく  最も懸念しているのは、人質事件後、日本が今後、テロを含めた国際情勢にどう対処していくのか、議論がほとんど起こらないことです。なぜか。理由の一つに、メディアが機能していないことが挙げられます。  安倍首相や彼が影響力を持つ保守勢力は、右翼思想の人たちに多く支持されていますが、メディアにも同様のことが言えます。読売新聞や産経新聞、複数の週刊誌は右翼的な声に支配されており、議論を交わす状況を阻んでいるように見えます。  安倍政権がメディアに直接、圧力を与えたという証拠はありませんが、「右翼」や「ネット右翼」と呼ばれる人々が一般市民を威圧する空気を政権が自らつくり出しているように思うのです。  私自身、戦争犯罪や従軍慰安婦、南京大虐殺などの記事を書くと「ネット右翼」から強いバッシングがありますが、驚いたのはそのこと自体ではありません。  外務省には外国特派員らの担当者がいますが、昨年12月、担当者が各特派員らに「慰安婦のことを取材する際は、今まで取材してきた人ではなく、この学者を取材してください」と言ってきたのです。外務省が取材相手を勧めてくることなど、過去に例がないし、あり得ないことです。  安倍政権の支配力は強く、それに対抗できるだけの勢力も存在しない。いまや日本は右翼思想に包まれている。今回の事件で政府の責任を追及しない、議論が起こらないというのは、こういった問題が潜んでいるからだと思います。 ■列強のリスク  安倍首相は日本を軍事的にも政治的にも世界規模の影響力を持つ「列強」にしようとしています。このまま突き進めば、憲法を改正し、有志連合に加わり、テロとの戦いに自衛隊が派遣されることになるでしょう。その先にはどんな事態が待っているのでしょう。  米国と同盟関係にある英国はかつて「テロとの戦い」を推進しました。イラク戦争では国民の反対があったにもかかわらず、米国とともに武力行使に踏み切った。  しかし、武力行使の根拠となった大量破壊兵器はイラクに存在しなかった。そして2005年にはロンドン同時爆破事件が発生し、国民が犠牲になりました。  日本は英国のように米国と強い同盟関係にある国を目指しているのかもしれません。米国とともに歩んでいく道を進もうとしているのかもしれない。それは必ずリスクを伴います。  考えてみてください。そもそもなぜ、日本人がイスラム国に殺されなければならなかったのでしょう。私はアイルランド人ですが、アイルランド人は一人も殺害されていません。なぜなら、アイルランドは中東諸国のどこかの国や勢力に肩入れすることをせず、戦争にも参加していない。軍隊も送らず、シリアも攻撃していないからです。  中東諸国は日本を尊敬していました。先の大戦で国家を破壊されたが、自力で発展を遂げ、経済大国に上り詰めた。そういった日本に対して敬意を表す親日派は多かった。しかし、そのイメージも変わろうとしています。  外務省はすでに海外渡航の制限をかけ始めています。今後、そうしたことが当たり前のようになるでしょう。日本のパスポートを持っているというだけで、テロの対象になり得るのです。  代償を支払わなければならないのは政治家ではなく国民なのです。私には日本人の妻との間に3歳の息子がいます。代償の支払いをさせられるのは私の子どもであり、あなたの子どもたちです。  政府が推し進めようとしている政策は、私たちの子どもたちが代償を支払ってでも果たすべきものなのでしょうか。今回の事件は、そういった重い課題を突きつけているのだと思います。  ディビッド・マックニール アイルランド出身。ジャーナリスト、上智大講師。2000年に来日し、現在は英紙「エコノミスト」「インディペンデント」などに執筆。49歳。 【神奈川新聞】
相模原の男性が語り続ける 慰安婦への加害の記憶
慰安婦問題に関する貴重な証言。必読です。 神奈川新聞より。 http://www.kanaloco.jp/article/70041/cms_id/76481  中国の女性たちを強姦する日本兵に私は避妊具を配った-。先の戦争で自ら手を染めた後ろ暗い過去と向き合い、告白を続ける人が相模原市南区にいる。元牧師の松本栄好さん、92歳。「傍観していた私は『戦争犯罪人』だ」。歴史への反省がかすむ社会に今、伝え残したいことが多くある。「従軍慰安婦は確かに、いた。私が証人だ」  ◇  筒状の器具を性器に差し込み、のぞき込む。炎症で赤くなっていないか。できものは見当たらないか。月に1度の性病検査。軍医の手伝いが衛生兵、松本さんの任務だった。  女性の体を思ってのことではなかった。  「兵力を維持するためだった」  戦地や占領地では日本軍人の強姦が問題になっていた。住民の反感を買えば、治安の悪化を招き、占領はおぼつかない。一方、不衛生な現地の売春宿では性病に感染する恐れがある。病気になれば兵隊として使い物にならなくなる。強姦防止と性病予防が慰安所の目的だった。  中国山西省盂県に出征したのは1944年2月。当時21歳。城壁で囲まれた大隊の拠点に慰安所はあった。  「慰安婦としていたのは20代ぐらいの6、7人。日本の着物ではなかった。兵隊たちが『朝鮮ピー』と呼んでいたので、彼女たちが朝鮮の人々なのだと分かった」  半年後、分遣隊として数十キロ離れた上社鎮という占領地区に移り、慰安所は強姦の歯止めになるどころか性的欲求をあおり、拍車を掛けていることを知る。  「慰安所は大隊本部にしかなかった。だから兵隊たちは『討伐』と称し、村々で食料を奪うのと同時に女性たちを強姦していった」  犯す前、松本さんは避妊具を手渡した。「気を付けろよ」。病気になるなという念押しだった。  強姦は当時の軍刑法でも禁じられていた。「私はトルストイの禁欲主義に傾倒していて、性行為への嫌悪感が勝っていた」。それでも、目の前で繰り広げられる光景に疑問も罪悪感も湧かなかった。   ■問題は強制の有無か  やはり分遣隊が「討伐」に繰り出したある日、逃げ遅れた女性を拉致した。  「20~30代ぐらいまでの7、8人。兵隊たちにとっては『戦果』だった」  従軍慰安婦の問題をめぐっては、軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話の見直しを求める声が一部の政治家から上がり続ける。第1次安倍政権では「政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と明記した政府答弁書が閣議決定されている。  松本さんは首を振り、証言を続ける。  「女性たちは自ら歩かされ、連れてこられた。悲鳴を上げたり、騒ぐこともなかった。あの状況で逃げ出したり、抵抗したりすることにどんな意味があったか。抵抗すればいつ危害が加えられるか分からない。その絶望になぜ思いをはせないのか」  女性たちは駐屯地の兵舎の片隅に監禁され、「兵隊たちはそこで代わる代わる強姦した。私は避妊具を配り続け、やはり女性たちの性病検査を行った」。  1週間ほどたち、隊長の判断で女性たちを村に戻すことになった。松本さんは「女性たちの体力が低下したからだ」と思った。隊長は交換条件として、村長に命じた。  「ほかの女を連れてこい」  別の2人が連れてこられた。  松本さんは言う。「慰安婦だけの問題ではない。中国や韓国の人たちが怒っているのは、それだけではないと認識すべきだ」  村々での強姦、慰安所ではない兵舎での監禁。女性たちの体に刻み付けられた暴力の残虐さに違いなどない。なのに人集めの際の強制性の有無を論じたり、慰安婦制度ばかりに焦点が当てられることは問題の本質から目を遠ざけることになると感じている。  「私たちは中国や朝鮮の女性を性の奴隷として扱っていた」  そして、自身がそう認識することができたのも戦後になってからという事実にこそ目を向けなければならないと、松本さんは言う。   ■語らないことの責任  ニワトリや豚を盗むように女性を連れ去り、犯す-。「戦地は倫理、道徳、品性、誇りも何もないモラルのない人間がつくりあげられていく人間改造場だった」。松本さんは中国や朝鮮の人々には何をしても構わない、という空気が蔓延していたと振り返る。  「当時の教育を見詰めないといけない。戦時動員の名の下、国家主義を浸透させるために『日本よい国 きよい国 世界に一つの神の国』と自国の民族の優位性を強調する教育が行われた。その過程でとりわけ中国や朝鮮の人々への蔑視と傲慢さが、私たちの心の内に生み出されていった」  復員後、牧師となったが、自らも加担した蛮行を口にしたことはなかった。  「戦争体験を多少話したことはあったが、通り一遍のこと。罪の自覚から話せなかった」  慰安婦の女性と会話を交わしたことはあったはずだが、どんな言葉をしゃべり、どんな表情をしていたかも記憶にない。「覚えていようと思わなかったためだ」。やはり消し去りたい過去だった。 ◇  転機は8年前。牧師を引退し、親族が住む神奈川に居を移していた。旧知の教会関係者に証言を頼まれた。使命感があったわけではない。「求められるなら話してみよう、と」。市民団体などから次々と声が掛かるようになり、反響の大きさに語る責任があることに気付かされた。  証言するということは過去の自分と向き合うことだ。「正直、つらい。できれば黙っていたかった」。過去の否定は、いまの自分を否定することでもある。  同じように人は望みたい歴史にしか目を向けようとしない。  「何をしてきたのかを知らなければ、同じ過ちを繰り返す。語らないことでまた責任が生じる」  従軍慰安婦をめぐる議論が再燃するのと時を同じくし、憲法9条を見据えた改憲や集団的自衛権の解釈変更の議論が政治の舞台で進む。「この国は戦後ではなくもう戦前と言っていい」。そして問い掛ける。  「悪いのは政治家だけだろうか。そうした政治家を選んできたのは、過去と向き合ってこなかった私たち一人一人でもあるはずだ」 ◆旧日本軍従軍慰安婦と河野談話  戦時中、日本軍の戦地や占領地に造られた慰安所で朝鮮半島や中国、フィリピン、インドネシアなどの女性が兵士らに性的暴力を受けた。女性たちは暴行・脅迫や甘言、人身売買により連れられてきた。慰安所設置の計画立案から業者選定、女性集め、慰安所管理までが軍の管理下に置かれていたことは各種資料で裏付けられている。  日本政府は1993年に河野洋平官房長官談話で軍の関与と強制性を認め「おわびと反省」を表明した。  談話をめぐっては2007年に第1次安倍内閣が、軍や官憲が強制連行した証拠は見つかっていないとする政府答弁書を閣議決定。第2次内閣では、安倍晋三首相が談話の見直しを示唆。韓国の反発だけでなく米国の懸念を招き、日米韓首脳会談を前にした今年3月に談話の継承を明言。一方で談話の作成経緯についての検証は行うとしている。 【神奈川新聞】