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プレミアリーグ新記録! やっぱり応援したくなる男 ジェイミー・バーディー

以前、こんなカードも書いていた、絶好調男ジェイミー・バーディーがとうとうプレミアリーグで新記録を作りました。ルート・ファン・ニステルローイの持っていた10試合連続ゴールの記録を打ち破る11試合連続ゴールという記録です。いやーすごい!
こういう記録が出始めると、もっと更新して欲しいと願ってしまうのがフットボールファン心理というもの。やっぱり応援したくなる男ですね、バーディー。
ファン・ニステルローイの10試合連続ゴールの動画も見つけたので、御覧ください。
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絶対に応援したくなる男 ジェイミー・バーディー
岡崎慎司が今年からイングランドのレスターというクラブで闘っている。新監督に名将クラウディオ・ラニエリを迎え、クラブは2シーズン連続の残留を目指している。今シーズンの出だしはとても好調で未だ負けなし。そんな好調レスターを引っ張っているのは、ラニエリかもしれないし、岡崎かもしれない。ただ、僕が1番推したいのがこの男、ジェイミー・バーディーである。 バーディーといえば、岡崎加入後に、レスター市内のバーでアジア人の客に対して、日本人に対する差別用語である「ジャップ」を連呼したことが公になり、「岡崎はとんでもないチームメイトとツートップを組むのか」と日本のフットボールファンを不安にさせたニュースで日本でも話題になったイングランドのフォワードである。バーディーの謝罪後、彼と仲良く練習してみせる岡崎をみて安心したことも記憶に新しい。 今のレスターに、バーディーは欠かせない。「キックアンドラッシュ」の文化が未だに残っているプレミアリーグのボトム層に漏れず残るレスターの「ラッシュ」を担当するのがこのバーディーという男だ。とにかく、走る。メロスのように走る。 お世辞にも足元が特別上手いという訳ではない。パスも上手くない。しかし、彼は走る。走って、跳ぶ。敵がキーパーへバックパスをしようものなら、一心不乱にプレッシャーをかけにいく。味方からロングフィードがあれば、なりふり構わず競りにいく。いつでも全力。それがバーディーである。思わず応援したくなること、間違いなしの選手である。 今シーズン、前述のラニエリがチームの指揮を執っているが、彼はカウンター戦術でその地位を築いてきた監督である。縦に早い彼の戦術とバーディーの補完性は抜群であった。前線でコンビを組む器用で身体も張れる岡崎、スピードのあるクロッサー、マーク・オルブライトン、独特のリズムと柔らかいタッチが武器のレフティー、リヤド・マフレズが揃っていることも、今季のレスター、そしてバーディーの好調の理由ではないかと思う。 そんなバーディー、とうとうEURO2016予選に向かうイングランド代表へ招集されている。6戦6勝と予選絶好調の代表の波に乗って、選手として飛躍できるのかどうか、注目である。どうか活躍しますように、走れ、バーディー。
スペシャルオリンピックスへ関心を向かせた、あるサッカー選手の行動
ベルギーのサッカー選手、Kevin De Bruyne(ケビン・デ・ブルイネ)さんは、ある日、自身のツイッター上で、このようなツイートをしました。自分の顔に、ダウン症の方の顔を合成した写真と共に。 Would you still be my fan if I looked like this? こんな感じになっても、まだファンでいてくれるかな? さらに彼は「Does De Bruyne deserve fewer supporters now?(デ・ブルイネのサポーターは減ってしまうだろうか?)」というメッセージがついた上の写真を投稿。この行動は、ファンの間で物議を醸しました。 なぜ、彼はこんなことをしたのでしょうか? 実は、この彼の突然の行動はスペシャルオリンピックスのキャンペーンで、あまり注目を浴びていなかった、このスペシャルオリンピックスへ関心を集めるために行ったことだったのです。 このキャンペーン、ほかの有名スポーツ選手も行っていました。 さらに、デ・ブルイネさんはその物議を醸したツイート後、このようなツイートをしています。 Come see the Special Olympic Games. Because every great performance deserves a great audience. スペシャルオリンピックスの試合を見に来て。すべての最高のパフォーマンスには、最高の観客たちに見てもらう価値があるから。 彼のツイッターはここ:https://twitter.com/DeBruyneKev/ かっこいい。このときに行われたスペシャルオリンピックスのヨーロッパ夏季大会の開会式と閉会式のチケットは、完売。実際に多くの観客を集めることに成功しました。 今まであまり触れられてこなかった領域に、あえて踏み込み、人々に問いかける。 心が動かされる広告ってこういうことなんだな〜。
あのサー・アレックスが獲得したかった 7人の選手達
マンチェスター・ユナイテッドを四半世紀に渡って指揮し、世界を代表する超名門クラブに仕立てあげたサー・アレックス・ファーガソン。そのサー・アレックスがユナイテッドを指揮していた時に獲得しようとしたができなかった7人の選手を、短文のコメントと共に、自らの著書で明かしている。以下は選手名とそのコメント。 1.ペトル・ツェフ 2003年、レンヌにいたツェフに注目していたが、プレミアリーグに連れてくるには若すぎた。 2.ディディエ・ドログバ マルセイユ時代の彼が欲しかったが要求額である2500万ポンドを出す決意を固める前にチェルシーに先を越されてしまった。 3.トーマス・ミュラー 彼の噂を聞いた時には彼は10才だった。やがて、彼はバイエルンで活躍するようになった。 4.ロナウド 1994年、クルゼイロにいた頃に獲得しようとしがた、労働許可が下りず、彼はPSVに行ってしまった。 5.セルヒオ・アグエロ 彼の代理人が到底払えない額を要求してきた。 6.ルーカス・モウラ 我々は3500万ポンドを提示したが、PSGが4500万ポンドで獲得した。 7.ラファエル・ヴァラン 私は2011年にリールに駆けつけたが、ジネディーヌ・ジダンもその噂を聞いたようで、それからレアル・マドリーが獲得してしまった。 何とも豪華な7選手。彼らが来ていたらもっと強くなっていたのかもしれない。
あの人は今 デイビッド・ベントリー
アーセナルの下部組織で「ベルカンプの後継者」と言われたものの、トップチームでは芽が出なかった。その後、04-05シーズンにレンタル移籍先のノリッジで活躍し、ブラックバーンへ移籍。どんどんと頭角を現し、08-09シーズンにアーセナルの宿敵、スパーズへ1700万ポンドで移籍した。ノースロンドンダービーでのボレーシュートなどは今なお記憶に残っている。 デイビッド・ベントリー。今どこで何をしているんだろう、と久しぶりにGoogleの検索窓に彼の名を入れてみると、約1年前の今頃、彼は引退していた。現在、スペインのマルベーリャでレストランを経営しているのだという。上部写真はそのレストランの前で撮られたようだ。 現役時代と変わらないいたずらっぽい笑顔で、彼は「今の生活に一切不満はない」と語っている。また最高の指導者として、ベンゲルの名を挙げている。ベンゲルに見限られての移籍と思われていたが、ベンゲルは彼の残留を望んでいたようだ。 ブラックバーンでのロケ・サンタクルスとのコンビネーションにはワクワクしたし、スパーズでレドナップに水をかけた時のはしゃぎっぷりといったら馬鹿らしくて憎めない。かつての「ベッカム2世」がフットボールから離れたところでも、幸せそうにしているのを知って、少し心がほっこりした。 元記事はこちら。 http://www.mirror.co.uk/sport/football/news/david-bentley-reveals-retired-because-4422905
ジネディーヌ・ジダン
ジダンと言ったらやっぱりまずコレ! UEFAチャンピオンズリーグの2001-2002シーズンの決勝、レバークーゼン戦でのボレーシュート!完全にゲームか漫画の世界ですよ。フットボール史に残る伝説のゴール。ちなみに彼、利き足は右なんですよ? このゴールが決勝点となり、自身初のチャンピオンズリーグのタイトルを手にしています。 もう1つ、忘れちゃいけない有名なのがコレでしょねw 2006年のドイツW杯決勝。マテラッツィへの頭突き事件。 ちなみに、ジダンはこの大会前に「この大会を最後にサッカー選手として現役引退する」ことを表明しており、この退場する姿がまさに選手としての最後になってしまったという... こちらは2010年にルイ・ヴィトンの広告写真のモデルに抜擢された1枚。ペレ、マラドーナとの3ショット!!! おそらくYouTube上で最も再生されているジダン関連の動画。再生回数は約2千万回!!!! 本名:Zinedine Yazid Zidane 愛称:zizou(ジズー) 国籍:フランス 生年月日:1972年6月23日 ポジション:MF 利き足:右 所属:カンヌ(1988-1992)→ ボルドー(1992-1996)→ ユベントス(1996-2001)→ レアル・マドリード(2001-2006) 風貌も含め、ここまでファンから愛される選手も珍しいかと。その上で、所属クラブでも、代表でも、個人でも、獲るべきタイトルは全て獲っているあたりが未だに衰えない人気の要因でしょうな。個人的には、マドリーへ移籍した時につけた背番号5というのが印象的。