chottoniche
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人間活動後の宇多田ヒカルの曲の深みがヤバい vol.2
正直宇多田ヒカルという存在は

死ぬほどニッチではない

し、彼女はこれまでにも楽曲を出すたびに大きく騒がれ、取り上げられ、そして解析されてきた。
巧みに実験的な試みを取り入れつつもそれらを昇華し、見事なポップソングを作り上げるソングライティング面と同時に、どこかひっかかる言葉遊びやリズムのツボを押さえたワードフレージングなど

多面的にさりげない違和感を楽曲に施し多くのリスナーと同時にアーティスト業界をも虜にしてきた彼女

が出した今回の二曲はパッと聞くとどこかあっさりしている印象を抱くほどにスムースでフラットでナチュラルだ。
今のところ上記二曲はMVなどが公開されていないのでリンクは貼れないが是非とも二曲とも購入してほしいと願っている。

さらに願わくばカバー動画などを見ずに

まずは宇多田ヒカル本人の歌唱で『花束を君に』、そして『真夏の通り雨』を堪能してほしいところだ。
上記二曲は『桜流し』同様シンプルさが際立つものとなっており、それ故に歌唱が目立つが案外楽曲面においてもかなりの工夫が凝らされている。
それは例えば『真夏の通り雨』に見られるバスドラムの連打であったり、『花束を君に』に見られる妙に前乗りなハイハットなどだろうか。今回のレコーディングを誰が担当したのかはわからないが新曲は二つともビートがかなり面白い。
あるいはそういった試みは

昨今の音楽シーンに見られるエクスペリメンタルなビートに対する彼女なりの解答なのかもしれない。

そして新曲は一聴してみると綺麗に明暗が分かれているように思えてしまう。

曲の展開やコード進行だけを捉えると花束を〜が明、真夏の〜が暗と安直に分類し比較してしまいがちであるが恐らくどちらの楽曲も明暗の双方を取り込んだ楽曲となっているのではないか。
前ページでも書いた通り彼女の人間活動期間には死生観について意識せざるを得ない出来事が幾度となく彼女の身に舞い降りたのだ。その結果ただ悲観的なことを書くのではなく、ただ楽観的なことを書くのではなく、それら双方を対等に描いているような感覚を覚える。そしてそういった人間が本来抱える二面性をきちんと描いているからこそ今回の二曲にここまでの深みと感慨を覚えるのではないか。
何だか久しぶりに感動するJ-POPに出会えたような思いだ。彼女が新曲を出すたびに興奮と感動を覚える世代に生まれたことに並々ならぬ喜びすら覚える。今から彼女の次のアルバムのリリースが待ち遠しくて仕方がない限りだ。
1 comment
この投稿、読み応えありました!「多面的にさりげない違和感を楽曲に施し」という箇所で膝を打ちました。まさに、僕が宇多田ヒカルの楽曲に感じていたことが文章化されていました。
2 years ago·Reply
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